著作

『里見八犬伝』

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BOOKデータベースより/
「殺さば殺せ!だが私を斬るなら呪ってやるぞ」安房国の悪評高き妖女・玉梓は、里見家の伏姫を前に叫んだ―。世は戦国。玉梓に呪われた里見家は窮地に陥り、伏姫は自害する。だがその胸元からは八つの水晶珠が飛び去った。仁、義、礼、智、忠、信、孝、悌の文字がそれぞれ浮かび上がる八つの珠は、八人の勇者の手に渡っているという。呪いを解き、いくさを収める力となる八人の犬士を求めて、里見家の金碗大輔は旅立つ。大森美香脚本によるTBSドラマ「里見八犬伝」を原案に、気鋭の時代小説作家、植松三十里が書き下ろした伝奇エンターテインメントの傑作。

執筆のきっかけ/
この本を出す1年ほど前に、小学館文庫小説賞という新人賞に応募した。結果は最終選考に残り、いちおう優秀作品ということであった。でも優秀作品に選ばれたからといって、連絡があるわけでななく、その月に発売された文庫本の巻末で知って、編集部宛てにお礼の葉書を出しておいた。
その後、小学館の著作権管理部門にいる友人に「優秀作品って本にしてもらえないのかな」とぼやいたところ、彼が一肌脱いでくれて、編集者に会えることになった。あなウレシヤと神保町の小学館に出かけて行ったところ、「植松さん、里見八犬伝を読んだことがありますか」と聞かれた。TBSからお正月特番ドラマのノベライズ企画が来たので、書いてみないかという。やっぱ、優秀作品じゃ本にしてもらえないのね。甘い期待であったと反省。
で、「里見八犬伝」だが、お正月特番の宣伝の意味もあるだけに、12月発売は動かせないという。原稿締切までひと月ちょっと。時間的にとうてい無理に思え、引き受けるかどうか決めかねつつも、脚本を受け取り、その足で新宿の紀伊国屋書店とジュンク堂へ。『南総里見八犬伝』の現代語訳2種類を買い求め、とりあえず冒頭の50枚を書いてみることにした。
それからの集中力は、自分でもちょっとすごいと思う。実質3週間ほどで350枚を書き上げた。だが原作の『南総里見八犬伝』は大長編で、登場人物の人間関係が超複雑。それを脚本をベースにしつつ、文庫本1冊分にまとめるためには、できるだけストーリーを単純化し、とにかく矛盾のないようにして、ラストまで持っていかねばならない。
脚本を書かれた大森美香氏は、有名なラブストーリーの書き手。当然、ドラマもラブストーリーに重点を置いて書かれている。でも350枚の小説では、8人の犬士を登場させるので手いっぱいで、ラブストーリーの要素まで盛り込むことは、申しわけないが無理だった。
それに里見八犬伝は世代ごとに、映画のイメージや、人形劇のイメージが確立している。それに反するものは、まず確実に批判されるだろうと予想できた。
それだけに、こんなんでいいのかと悩みつつ、書き上げた原稿をメール添付で送ると、編集者とのやり取りもダメ出しもなく、10日ほどで朱の入った初校ゲラが届いてしまった。なおも不安のまま本はできていき、ドラマの出演者総動員の超派手な帯を巻いて書店に。
発売日前日、私は滝沢馬琴のお墓参りに行った。ぜんぜん信心深くはないのだが、歴史小説を書く時など、いちおう登場人物のお墓には行くことにしている。馬琴のお墓は、地下鉄茗荷谷駅からほど近いお寺にある。墓前に香華を手向けて、ご住職に献本した。そして駅に戻った時、不思議なことに気づいた。不安が消えていたのだ。
滝沢馬琴が「南総里見八犬伝」を発表していた当時、史実と違うとか、あれこれ批判があった。馬琴大先生ですら批判されるのだ。私みたいな駆け出しが、批判を恐れる必要などない。お墓の中から、そう教えられた気がした。
結局、本はあっさりした読後感は指摘されるものの、「南総里見八犬伝」の入門版として意外に好評だった。テレビのパワーのおかげで3刷まで増刷。タッキーの顔写真入りの帯を目当てで買ってくれた人も、大勢いたみたいだけれど、そのうち中味も読んでくれるかもしれないと、淡い期待を抱いている。

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『里見八犬伝』書評

日刊ゲンダイ

本の窓2006年2月号
菊地仁氏書評より一部抜粋
(前略)本書はそんな読者層にピッタリの作品である。というのはテレビドラマは若者向けとなっていたので、作者も若い読者層を想定して『南総里見八犬伝』の長大なストーリーの流れを、なるべくわかりやすくするために工夫を重ねている。(中略)例えば、もうひとつの魅力となっている玉梓、船虫という二大悪女等の人物造形には、作者の達者な筆がうまく活かされている。読者には『南総里見八犬伝』の入門版としておすすめする。(後略)