著作

達成の人

達成の人小

帯の言葉から
病床の父と二人の弟を抱える極貧生活の中、少年は将来を見据えてひとつ、またひとつと誓いを立てる――武家・農村復興に並はずれた手腕を発揮した二宮金次郎(尊徳)若き辛苦の日々

帯裏から
最初に武家奉公に入った岩瀬家で、博打の金を無心に来た若党に言われた言葉が、今も心の隅に引っかかっている。「金、金って、さすがに百姓上がりだ。侍はな、金なんか稼がねえんだよ」  あの時は、金を稼ぐことの、どこが悪いかと反論した。だが今になってわかる。(中略)金は独占してはならない。周囲にも利を分かち合ってこそ、金は生きるのだ。(本文より)

アマゾンで購入する

ブログ「松の間の床の間」から
これほどの有名人を書くのは初めてですが、ほかの作品と変わらない意識で筆を執りました。というのは二宮金次郎については、たくさんの伝記や評伝が出ていますが、小説は意外に少ないのです。偉人伝では主人公を非の打ち所なく描くし、そのうえ薪を背負って歩く銅像のイメージが強烈で、血の通った人間としては理解しにくく、金次郎の人間性は、無名の人と同じくらい、一般には伝わっていないと思ったのです。
私の印象としては、金次郎の子供の頃は少年版「おしん」で、青年期は少しホリエモン的なものを感じます。そこから、さまざまな経験を積んで、尊敬すべき人物になっていくわけで、いわゆる成長小説を意図して書きました。
耐え忍んで、頑張って頑張り続け、周囲からも影響を受けて、ようやく成功した人の物語です。こんな厳しい時代だからこそ、そんな小説を提供して、読んだ人に元気になってもらいたい。ちょっとおこがましいけれど、そんなふうにも考えています。
表紙の絵は、小林泰彦さんに描いていただきました。30年以上前にPOPEYEの創刊編集部でお目にかかり、当時、すでに売れっ子イラストレーターで、雲の上の人でした。それが今年、ある雑誌で超短編小説を書いた時に、挿し絵をお願いして、ご縁が復活しました。特に「達成の人」は農村復興の話なので、ヤスヒコさんの素朴で力強いタッチが、作品の雰囲気に合う気がしてお願いしました。
金次郎のメヂカラがすごいので、これで書店のお客さんを引っ張ってきて欲しいです!

 

『達成の人 二宮金次郎早春録』書評・関連記事など

熊本日日新聞1月24日 「出久根達郎が読む『達成の人 二宮金次郎早春録』」
(前略)今こそ、本来の二宮の出番ではあるまいか。まずは二宮がどういう人物であるか、知ることが先決だろう。昔と違って、若い人の多くは、一体、何をなした人間なのか知らないだろうし、名前さえ初耳だと思う。
ちょうど、折よく、格好の本が出た。植松三十里著『達成の人 二宮金次郎早春録』である。小説だが、虚構の部分が少なく、何より、少青年時代の金次郎が、生き生きと描かれているので、無味乾燥の伝記を読むより、はるかにわかりやすい。一番よいのは、金次郎が、ごく当たり前の少年に描かれている点である。(中略)しかし、伝記では、そうは書かれていない。
たとえば、病気の父に代わって村総出の土木普請に参加した金次郎は、少年ゆえ到底、一人前の働きができない。そこで夜中せっせとワラジを編み、そのワラジを現場ではいてもらい、勤労奉仕の責任を果たした、と逸話にある。機転のきく、利発な少年である。
『達成の人』は、このエピソードを用いながら、ワラジを編み、現場に提供することを勧めたのは、父であったとする。金次郎は年相応の考え方や言行の、いや、どちらかというと粗野な子であって、父さんが病気で俺は迷惑なんだよ、と面と向かって投げつける。そんな少年がいろんな大人と出合い、経験を重ね、人生の知恵者に成長していく。(後略)

読売新聞12月30日「中央公論新社・新刊から」
先行き不透明な年末年始だからこそ、仕事や生活を足元から見つめ直す小説が心にしみる。20日に発売された植松三十里(みどり)『達成の人 二宮金次郎早春録』(1600円)は、苦労人の代名詞とも言える農政家の青春に新たな光を当てる長編。赤貧の果てに父母を失った金次郎は、「積小為大」の教えを胸に、徹底した節約と蓄財の才で頭角を現していく。「周囲にも利を分かち合ってこそ、金は生きる」という金次郎の気づきは、苦しい時代にこそ立ち返るべき経営の基本でもあるだろう。著者は今年、新田次郎文学賞、中山義秀文学賞を立て続けに受賞した歴史小説家の注目株だ。